スプーン一匙の物語

ツイッター(@maru_ayase)で書いた短い短い小説の保管庫です。

事のはじめ

普段は小説ぜんぜん読まないよって人が、つるっとTLに紛れ込んだ140字を見て、久しぶりに文庫買うかーってなってくれたら嬉しいなあ。ツイッターで一日に一~二個更新します。お気に召すものがあったらRTして頂けると嬉しいです。何個か溜まったら保管庫…

よんじゅいち

初めて見た恋人の唇は想像よりも厚かった。左の口角に小さなほくろ。顔の半分が隠されていた頃よりやんちゃに見える。目に表情が出にくく(笑いじわが出来る人を羨ましがっていた)、機嫌は声で推し量ることが多かった。でも今は、笑っている。これまでも、…

よんじゅ

子供の頃は良かった、と不幸な妹は呟いた。大昔に夜逃げした廃屋は草に埋もれて残っていた。縁側の扉を外して中を覗く。お母さんがトマトとか育ててさ。妹が中に入った。後を追うと、家のどこにもいない。朽ちた台所には如雨露が二つ置かれていた。褪せて古…

さんじゅく

ほんとに内臓ぜんぶ入ってる?と聞かれた。そんなの俺が知りたい。どんなに鍛えても厚くならない俺の体。彼女は俺の胸に耳を当て、吸ってー吐いてーと楽しげに歌った。深呼吸する。お、肺はあるね。お腹ごろごろ、胃もあるね。冷たい耳が肌を下りていく。心…

さんじゅはち

私がこうなった理由ですか。あの子の魂を盛った器が割れてしまったんです。ぼろぼろと千に分かれた魂はぬいぐるみの原料にされ、指しゃぶりをするテディベアとして世界中に出荷されました。それを集め、またあの子を抱きしめようとするうちに、背丈はビルを…

さんじゅなな

なんでそんなに賑やかなんだ。水飲み場で、濡れたあごをぬぐいながら聞いてみる。そいつは不思議そうに首をかしげた。むしろ、なんでそう難しいことばかり考えるんだ? ぱっぱらと明るい音が鳴る。うっとうしいか。いいや、不思議に思うだけ。俺の音はどう聞…

さんじゅろく

百秒、息を止めたら嘘がばれない。二百秒なら今夜のご飯はハンバーグ。深夜の街で思い出し、そっと息を止めてみる。もう私の嘘を咎める人も、夕飯を作る人もいない。あの奇妙な祈りはなにも成さずに、今頃アラスカ辺りを漂っているはずだ。三十秒で苦しくな…

さんじゅご

合宿の夜は終わらない。座禅を組んで目を半開きにし、阿弥陀如来坐像ってか鎌倉大仏。一斉に他のメンバーに拝まれる。単位取れますように初エッチが成功しますように親の病気が治りますように!毎年思うけど願いが重い。本命はA先輩の弥勒菩薩半跏像で、彼…

さんじゅしー

夏の手紙は全然だめだ。行間に潜む細かな虫がもぞもぞと這い出して言葉をかじり、文面を湿っぽく変えてしまう。夜中でも思いつきで自転車にまたがり、会いに行けてしまう気温が悪いのだ。冬の手紙は潔い。虫も私も自転車も、雪に籠められ動けない。届くのは…

さんじゅさん

春は美味しい。芽吹いたばかりの若い芽を摘み取って湯がき、味噌を添える。春は恐ろしい。しばしば桜の下で子供が消える。冬眠明けの鬼がさらっていくのだ。わずかに蕾をほころばせたふきのとうを口へ運ぶ。ほろ苦く甘い背徳の味。みずみずしい赤子を噛み潰…

さんじゅにー

少し遅れる、と連絡が入った。道が混んでいて、けがをして、病気になって、しるべをなくして辛いんだ。出席者達は顔を合わせた。迎えに行こうにもテーブルの周囲は闇に閉ざされ、道は見えない。火を焚こうと一人が言った。遠くからでも見えるように。あの人…

さんじゅいーち

洗濯した靴下が片方ない。よくあること、と始めは気にしなかったものの、タオル、シャツと消失が続き、ブラトップの時は泥棒を疑った。ただ、それならベランダに堂々とブラを干しているお隣さんを狙うはずだ。今日はFカップの見覚えのあるブラが紛れ込んでい…

さんじゅ!

飛行機がりりくします。おや、あれはハワイですね。奥にあるのはヨーロッパ。中国でパンダがねています。空が近づき、また離れていく。私の太ももを挟んでブランコに立った少女は、時々体をひねって回転を加えた。きりゅうがみだれています。三つ編みを揺ら…

にじゅうく

終わりの浜で、彼は炎に焼かれて座っていた。待ったぞと招かれて心が弾む。私の肩を抱いて喋り出した。苦痛や不幸、呪いの深さ。気弱な私は彼の憎悪に魅せられ、欠損を埋めることを自分の使命とした。炎が肌を舐めていく。二人とも誰でもよかったのだ。一塊…

にじゅうなな

私たちはレコーダーだ。それぞれ吹き込まれた曲を一つずつ覚えている。姉は頬を、私は耳の後ろを押されたら歌う。どれだけ気が乗らなくても歌う約束だ。私は姉が選んだ曲を中身すかすかのゆるふわ曲だと思ってるし、姉は私が選んだ曲を頭がおかしい電波曲と…

にじゅうろく

失踪した叔母の靴を引き取ることになった。私宛てで靴箱にメモが貼られていたらしい。派手な靴ばかりで服に合うものなんて一つもない上、サイズも大きい。捨てようとしたら、高いのよと母に叱られた。仕方なく一番地味な、靴裏が赤く塗られたエロいハイヒー…

にじゅうご(とお)

体育館からトランペットの音がした。バレー部が交流試合をしているらしい。中を覗くと、負けているのにそいつだけやけに元気そうだ。周囲の焦りも開く点差も、見えていないのだろう。次は勝つと思う以外のことをしない。こういうやつがいるんだ。試合が終わ…

にじゅうし

ほどけるのが得意な人だ。狭い通路も、爪先からするすると輪郭を崩し、一本の糸になって通り抜けてしまう。ある日、私で服を作って、と言った。人としてではなく、物としてあなたに愛されたい。浮気の後ろめたさから僕はかぎ針を持った。夕焼け色のワンピー…

にじゅうさん

毎朝、考える。もしも世界が終ったら。私は争いを避け(原因はだいたい戦争)、かわいそうな子供達と食料を分け合い、雨水をすすって廃墟で暮らそう。戦いをやめない権力者にもうやめて、と声をあげる。遅刻だよ、と友人に肩を叩かれる。ああ、うんざりする…

にじゅに

出会った時から心奪われた。丸い瞳、薄桃の頬、つむじの匂い。上等なものを生み出した誇らしさもあった。這い、立ち、私へ向けて歩き出す。なつくのだから情も湧く。人格は後から知った。心でも脳でもなく、私の構造がこの子を愛しているのかもしれない。そ…

にじゅいち

巨大な山を登っている。周囲は暗くてやけに血腥い。どうしてここにいるんだっけ。暗いうちに足を動かせと教えてくれた人はもういない。既に俺もそれなりの前線を曳いているからだ。曙光が差す。荒涼とした屍の山を見上げる。そう、頂上の景色が見たかったん…

にじゅう!

家が燃えているんだ、と言った。君とこの子が取り残されて、助けに行きたいんだけど、焼けた家具に阻まれてなかなかたどり着けないんだ。枕に頬を預けた夫はどこか遠い場所を眺めている。青い明け方に私はささやく。私たちは外にいる。取り残されているのは…

じゅうく

はじめに、予感がした。僕はこの女にずたぼろにされる。可愛くて傲慢で飽き性な彼女は、来た時と同じ荷物を持ってあっさりと部屋から出て行った。プレゼントした大量の服も靴も、見事に全部残された。いらない、と言われることはなんて苦しくて気持ちがいい…

じゅうはち

心優しく精悍な、私たちの社会を支える重要な柱の一人だった男が死んだ。沢山の人が花を捧げて彼の不在を嘆いた。私たちは不安で仕方なかった。会場の端でうつむいていた彼の息子が立ち上がり「これからは僕が父になります」と言った。私たちは安心して位牌…

じゅうなな

雪男だなんて思ってもみなかった。手が冷たいのは血行不良で、言葉が冷たいのは知的だからだと思っていた。新婚旅行は鹿児島でしろくまアイスを食べながら桜島を眺めるんだと、嬉しそうにリュックにアイスノンを詰めて旅支度をしていた。雪男だって悪くない…

じゅうろく

家に沈丁花の匂いが漂っている。妹が発情期に入って、体のどこかに咲いたのだ。飲み屋の女にクローバーをうつされた父親の首筋に生えた芽を、母親が苛立ちながら抜いている。昨日初めて触れた彼女の下腹には、紫色の桜草がみっしりと咲いていた。種が紛れ込…

じゅうご

茹でたての卵の殻を剥き、フォークの背で静かに潰す。粉っぽい黄身とぷるんとした白身が混ざるまで、入念に。潰したジャガイモにオニオン、ベーコンを和えたものに投入し、マヨネーズと混ぜ合わせる。工程が一つ進むたびに忘れていく。仕事、家族、性別、名…

じゅうよん

幼稚園からの幼馴染みだ。三丁目辺りに住んでいるとは聞いた。小中高と皆勤賞で、宿題のプリントを届ける機会がなかった。迎えに行くよと言っても、だいたい近所のコンビニで待っていた。同窓会を知らせるメールが届かずに戻ってきて、直接聞こうとなってや…

じゅうさん

怖いよお姉ちゃん。大丈夫、私がついてる。姉妹両方の声をあてるのは初めてだ。妹の声はもっと甘い方がいいか、とホラーゲームの台本を閉じる。少女から老婆まで幅広く演じてきた私も、先日の妖怪役は新鮮だった。外に出ると、隣室の男性が声をひそめて話し…

じゅうに

生き残りたければ鍋を持ち歩きなさい、とお告げが下った。シチュー鍋片手にデートへ向かうと、お前のそういうところが嫌いだったと彼氏にふられた。帰り道で財布と鍵をなくし、部屋に入れなくなった。怖くなって頭に鍋を被る。ふいに他の住人が出てきて私の…