スプーン一匙の物語

ツイッター(@maru_ayase)で書いた短い短い小説の保管庫です。

にじゅうなな

私たちはレコーダーだ。それぞれ吹き込まれた曲を一つずつ覚えている。姉は頬を、私は耳の後ろを押されたら歌う。どれだけ気が乗らなくても歌う約束だ。私は姉が選んだ曲を中身すかすかのゆるふわ曲だと思ってるし、姉は私が選んだ曲を頭がおかしい電波曲と酷評する。それでも時々お風呂で練習する。

にじゅうろく

失踪した叔母の靴を引き取ることになった。私宛てで靴箱にメモが貼られていたらしい。派手な靴ばかりで服に合うものなんて一つもない上、サイズも大きい。捨てようとしたら、高いのよと母に叱られた。仕方なく一番地味な、靴裏が赤く塗られたエロいハイヒールをつっかけて靴修理に向かう。足が熱い。

にじゅうご(とお)

体育館からトランペットの音がした。バレー部が交流試合をしているらしい。中を覗くと、負けているのにそいつだけやけに元気そうだ。周囲の焦りも開く点差も、見えていないのだろう。次は勝つと思う以外のことをしない。こういうやつがいるんだ。試合が終わるまで、ぱっぱらぱっぱら鳴り続けていた。

にじゅうし

ほどけるのが得意な人だ。狭い通路も、爪先からするすると輪郭を崩し、一本の糸になって通り抜けてしまう。ある日、私で服を作って、と言った。人としてではなく、物としてあなたに愛されたい。浮気の後ろめたさから僕はかぎ針を持った。夕焼け色のワンピースになった彼女は幸せそうだ。僕を忘れて。

にじゅうさん

毎朝、考える。もしも世界が終ったら。私は争いを避け(原因はだいたい戦争)、かわいそうな子供達と食料を分け合い、雨水をすすって廃墟で暮らそう。戦いをやめない権力者にもうやめて、と声をあげる。遅刻だよ、と友人に肩を叩かれる。ああ、うんざりする校門が目の前だ。美しい被害者になりたい。

にじゅに

出会った時から心奪われた。丸い瞳、薄桃の頬、つむじの匂い。上等なものを生み出した誇らしさもあった。這い、立ち、私へ向けて歩き出す。なつくのだから情も湧く。人格は後から知った。心でも脳でもなく、私の構造がこの子を愛しているのかもしれない。それは寂しいことか。まま、と甘い声が呼ぶ。

にじゅいち

巨大な山を登っている。周囲は暗くてやけに血腥い。どうしてここにいるんだっけ。暗いうちに足を動かせと教えてくれた人はもういない。既に俺もそれなりの前線を曳いているからだ。曙光が差す。荒涼とした屍の山を見上げる。そう、頂上の景色が見たかったんだ。目が眩んでも、足を止めてはいけない。