スプーン一匙の物語

ツイッター(@maru_ayase)で書いた短い短い小説の保管庫です。

さんじゅご

合宿の夜は終わらない。座禅を組んで目を半開きにし、阿弥陀如来坐像ってか鎌倉大仏。一斉に他のメンバーに拝まれる。単位取れますように初エッチが成功しますように親の病気が治りますように!毎年思うけど願いが重い。本命はA先輩の弥勒菩薩半跏像で、彼女出来る率100%だというからみんな拝む。

さんじゅしー

夏の手紙は全然だめだ。行間に潜む細かな虫がもぞもぞと這い出して言葉をかじり、文面を湿っぽく変えてしまう。夜中でも思いつきで自転車にまたがり、会いに行けてしまう気温が悪いのだ。冬の手紙は潔い。虫も私も自転車も、雪に籠められ動けない。届くのは手紙だけだから、揺れない言葉をただ刻む。

さんじゅさん

春は美味しい。芽吹いたばかりの若い芽を摘み取って湯がき、味噌を添える。春は恐ろしい。しばしば桜の下で子供が消える。冬眠明けの鬼がさらっていくのだ。わずかに蕾をほころばせたふきのとうを口へ運ぶ。ほろ苦く甘い背徳の味。みずみずしい赤子を噛み潰す鬼も、きっもこんな心地でいるのだろう。

さんじゅにー

少し遅れる、と連絡が入った。道が混んでいて、けがをして、病気になって、しるべをなくして辛いんだ。出席者達は顔を合わせた。迎えに行こうにもテーブルの周囲は闇に閉ざされ、道は見えない。火を焚こうと一人が言った。遠くからでも見えるように。あの人の目に、一つでも美しいものが映るように。

さんじゅいーち

洗濯した靴下が片方ない。よくあること、と始めは気にしなかったものの、タオル、シャツと消失が続き、ブラトップの時は泥棒を疑った。ただ、それならベランダに堂々とブラを干しているお隣さんを狙うはずだ。今日はFカップの見覚えのあるブラが紛れ込んでいた。洗濯槽に、見えない穴が開いている。

さんじゅ!

飛行機がりりくします。おや、あれはハワイですね。奥にあるのはヨーロッパ。中国でパンダがねています。空が近づき、また離れていく。私の太ももを挟んでブランコに立った少女は、時々体をひねって回転を加えた。きりゅうがみだれています。三つ編みを揺らして笑い続けた。あの子がくれた世界旅行。

にじゅうく

終わりの浜で、彼は炎に焼かれて座っていた。待ったぞと招かれて心が弾む。私の肩を抱いて喋り出した。苦痛や不幸、呪いの深さ。気弱な私は彼の憎悪に魅せられ、欠損を埋めることを自分の使命とした。炎が肌を舐めていく。二人とも誰でもよかったのだ。一塊で燃え崩れながら、ふと見上げる紺碧の空。